未来のかけらを探して

2章・世界のどこかにきっといる
―17話・困った時の神頼み―



魔神のデジョンズでたどり着いたのは、
人間達が造るいわゆる「城」とはまるで違っていた。
闇に浮き上がるような銀色に近い石で組み上げられた建物は、
空高くというほどではないが結構な高さに浮いている。
その石も、石というよりは金属に近い光沢を帯びた黒い上品な光沢を放っている。
特別な力があるかどうかは別としても、何だかこの世離れした外観だ。
魔神の後ろについて半透明の灰色の階段を上がっていくと、
人の背丈の2倍は優にある大きな城門がそびえていた。
「魔神様、お帰りなさいませ。おや、そちらは……?」
出迎えた上級魔族の門番が、プーレ達を見て少し戸惑ったように語尾を上げた。
見慣れない生き物に違和感を覚えたようだ。
だが部下のそんな疑念はお見通しなのか、
魔神は心配はいらないとわずかに口角を上げた。
「外の世界から迷い込んだ幼子だ。地界の者でも食せる物を『大量に』用意しろ。
それから、客間ではなく私が私室に直接連れて行く。
その後は事情しだいで判断するから、そのつもりでな。」
「はっ、かしこまりました。」
魔神の命を受け、門番は中に居る召使いにその指示を伝えに行った。
その様子を見たプーレ達は、やっぱり神様は偉いんだなどと感心している。
指示を出し終わった魔神が、プーレ達の方に振り返った。
「さて、それでは今から私の部屋に案内しよう。
そこの魔法陣に乗ってくれ。」
「は〜い。」
言われたとおりに魔法陣に全員が乗ると、魔神が短く呪文を唱える。
起動の呪文なのか、それとも行き先の指定をしているのだろうか。
詳しくはないのでよくわからないが、
呪文を唱えると魔法陣から光があふれ、ふわりと浮き上がるような感覚の後にワープする。
そうしてプーレ達を先に送ってから、魔神もそれを追って姿を消した。


―黄昏の寝所(魔神の私室)―
プーレ達がワープした先は、魔神の私室。
つまり、執務室でなく私的な時間を過ごすための部屋というわけである。
「ここがお部屋?うっわ〜……ひろーい!」
『うひゃ〜!』
プーレ達は着いて早々、なんとも素っ頓狂な声を上げた。
魔界を統べる魔神の私室というだけのことはあり、内装の豪華さは人の王も驚くほどだ。
奥には一続きになっている寝室もあるが、
スペースはここだけでも巨大なズーやオーガの家族が入るくらいは優にある。
体の割に広いねぐらを持つ人間でも比べ物にならないのだから、
プーレ達動物が使うような割と狭いねぐらではもう比較にならない。
あえて比較対照にするのなら、ドラゴンのねぐらくらいでないとだめだろう。
もちろん、調度品もそれにふさわしい最高級の品々がそろっている。
シックで落ち着いた色合いのテーブルや椅子はもちろん、
じゅうたんや小物にいたるまで細かい文様が刻まれている。
六宝珠に言わせれば、それらはほぼ全て魔法的な力があるということだが。
「宿屋より広いネェ……。」
「まぁ、私はこれでもこの世界の王だからな。
しばらくすれば侍従が食べ物を持ってくるであろうから、
それまでそこの椅子に座って待っていておくれ。」
魔神はそう言って、羽織っていたマントを壁にかけた。
マントが無いだけでずいぶん軽装に見えるのは、たぶんマントの色が重たかったせいだろう。
「はい。」
「わかったぁ〜。」
プーレ達には少し高くて座りにくい椅子だったが、
少なくともプーレ達が知る限りでは、
どこの椅子も子供のことを考えた設計ではないので仕方がないのだ。
本当のことを言えばベッドや床に座ったほうが楽なのだが、
それは人前でやってはいけないといつかロビンやくろっちに言われたのでやらない。
「ネェ魔神のおじさん、さっきの話〜。」
「ああ、覚えているよ。
だがその前に、どうやって魔界へ来たか話してもらえないか?
君達のような地界の者が紛れ込むのは珍しいからね。」
どうやら、興味があるということらしい。
「うん、わかった。あのね……。」
プーレ達は、デムフィートロとその部下2人に襲われて、
逃走のために詠唱も知らないデジョンズを使ったこと、
そのために次元の狭間に飛ばされたことなどを魔神に説明した。
「……て、いうわけなんだよぉ。」
「なるほど。それはずいぶんと大変な目にあってたどり着いたのだな。」
魔神が心底からねぎらうほど、
年端も行かないプーレ達には大変な道のりだった。
もし六宝珠が居なかったら、今頃まだ次元の狭間でうろうろしていたかもしれない。
「変な鏡とか、わけわかんなかったしサ〜。
あの変な石って、何であんなにいっぱいあったんダロ?」
ネクタリクサーの像についていた6つの石。
とりあえず適当に1つはめ込んだのだが、何故あんなに数があったのだろうか。
「あれは、はめ込んだ石によって移動する先の世界を選ぶためのものだ。
君達は間違えてしまったが、地界に行くなら茶色い石を選ぶべきだったな。」
魔神がさりげなく付け加えた最後の言葉に、
プーレ他とは頭にたらいが落ちてきたようなショックを受けた。
ちなみに連続ヒットである。
「そ、そうだったのー……?」
「うっわ〜六宝珠どものバカヤロ〜!何で教えてくれなかったんだよー!
10ギルで売りとばすぞこのヤロー!!」
六宝珠の価値を知っている人が聞いたら、
ひっくり返ったあげく石化しそうなくらいの暴言である。
だがもしもスペッキオ・ポルタのある部屋で教えてくれていれば、
今頃地界に帰れたと考えればパササの暴言も仕方ない。
魔神も苦笑するしかなかった。
「まあまあ、そう言うな。いかに六宝珠といえども、全部知っているわけではないのだから。」
“いや〜話わかる人はいいなぁ〜……。”
いろいろ知っているのでつい忘れられてしまうが、
六宝珠だって全知全能ではないのだ。
自分たちが作られた時代より前のことやいったことのない場所は伝聞でしか知らないし、
アイテムや装置の取り扱いでもそうだ。
プーレたちは分かっていないが、魔神はそれを分かっている。
“エメラルド、何であなたそんなにくだけた喋りをしているの!
少しは口を慎みなさい!”
「口の利き方は気にしていないから、それはいい。
……おや、来たようだな。」
ドアのそばに取り付けられた鈴のようなものが、涼やかな音色で鳴った。
どうやら、魔神が命じておいた物を持ってきたようだ。
「魔神様、お茶をお持ちいたしました。」
「わかった。持ってきたものをここに送れ。」
魔神が返事をすると、テーブルの上に裂け目が現れる。
その中から現れたのは、すでに飲み物が注がれているティーカップとたくさんのお菓子だった。
『わぁ!』
まるでおとぎ話のような状況に、プーレたちは全員飛び上がらんばかりに驚いた。
来た時から妙な世界と思ったものだが、これは彼らにとってすでに妙をはるかに超えている。
「おや、びっくりしたか?
そんな反応を見るのは、もうどのくらいぶりになるかな。」
魔神が面白そうに微笑した。
プーレ達の反応がまんざらでもないらしい。
なんだかやけによく笑われている気がして、少し複雑な気分にさせられた。
「だって〜、びっくりするよねぇ?」
“まぁ、初めて見るんだからな……。”
エルンに同意を求められ、ルビーは適当に話をあわせる。
「ところで、食べてもいいノ?」
「もちろん。そのために持ってこさせたのだからな。」
それならとプーレ達は遠慮なく食べ物に口をつける。
『いっただきま〜す。』
何しろ結構な時間何も食べていなかったので、
そろそろ大食漢のパササとエルンは空腹感を覚える頃だ。
何しろ2人は種族的に大喰らいだから、もし1,2食でも抜こうものなら生死に関わる。
その証拠に、2人の食欲はいつも以上にすさまじかった。
山と積まれた食物が、見る見るうちにその標高を減らしていく。
あまりの勢いに、プーレは一瞬食べる手を止めたくらいだ。
そうやってしばらく食べ続けて、もうすぐ皿が空になるというとき、
食べている間は黙って見ていた魔神が思い出したように口を開く。
「そういえば君達、「シェリル」という女性を知っているか?」
突然出てきたシェリルと言う名を聞いて、
プーレ達の間で半分忘れかけていた人物の姿が鮮やかに甦る。
蜜柑色の髪と、青紫を帯びた瞳の女性の姿だ。
「あ〜、知ってる知ってる〜!おかしくれたおねえちゃんダヨ〜!」
「うん、パササとおんなじかみの毛の人だよねぇ?」
会ってから大分時間が立っているのでろくに記憶に無いが、
それでも人間の基準でいえば美人といえる容貌と、もらったお菓子のことはきちんと覚えている。
「そういえば、六宝珠のこともおしえてくれたっけ……。」
思えば彼女に会うまで、プーレ達は六宝珠のことを何も知らなかったのである。
「ほう、会ったことがあるのか。それならば話は早い。
あれは私が人間との間にもうけた娘でな、
子供が好きだからあの子の元に送れば君たちも安全だと思ったのだ。」
「へ〜……アレ?でもあのおねえさん神様なんていってたカナ?」
何しろはお菓子をもらったこととルビーがしゃべった事と、
もらったお菓子の印象ばかり強くて、今は細かいところまでは覚えていない。
それでも何か少し引っかかるが、今魔神が自分の娘だと言ったのだからそうなのだろう。
「ところで……そのお姉さんって、どこに住んでるの?」
「地界、つまり君たちが住んでいる世界の中にあるミシディアという国のはずれだ。」
「あ、あそこなんだぁ〜。」
あの時はデジョンズで飛ばされてしまったので場所を知らなかったが、
聞いてみれば何のことは無い。今まで2回も訪れた国ではないか。
“まぁ……うわさに聞いていたとおりだったのね。”
「うわさ?」
プーレがサファイアの言葉に首をかしげる。
“ええ。今までずいぶん色々な種族の手を経て色々な場所に行ったから、
そのどこかでチラッと小耳に挟んだのよ。”
「耳ないのにぃ?」
“……物のたとえよ。”
そんなことまでいちいち突っ込まないでほしいと、サファイアは言外に主張した。
もっとも聞いてきたエルンの方は、その気持ちを分かっていないようだが。
しかし、彼女は特にそれ以上言うことはしなかった。
「それで、そのお姉さんのところにおくるって、どうやってやるの?」
「まあそう慌てるな。まずあの子の所に水鏡で連絡を取る。こっちへこい。」
魔神に手招きされて、奥にある寝室へと移動する。
寝室も、先ほどの部屋に負けないくらい豪華だ。
その部屋には大きな天蓋つきのベッドや机などといった基本的な家具の他に、
大きく平べったい物がおいてある。
見慣れない代物だが、強いて言えば室内のミニ池だ。
石でできた平べったい桶のような物の中に、透明度の高い水がためられている。
「これが水鏡?」
「ただの水ジャン……。」
パササが言うまでも無く、プーレ達の目で見ればそれはただの水だ。
だが、魔神は彼らの言葉を無視して、一言ボソッと詠唱する。
すると、ぼうっと水面が揺らめきおぼろげな映像が浮かび上がった。
「シェリルは居るか?」
魔神がそこに向かって話しかける。
すぐにはっきりと浮かび上がった映像は、どこかの洞窟の中と一頭のキマイラだ。
キマイラといっても、首が牛・ヤギ・馬なので普通のものよりはおとなしそうである。
キマイラは水鏡の向こうで魔神の声を聞きつけ、慌てて水鏡の近くに駆け寄ってきた。
「あ、これは魔神様。
姫様なら今すぐお呼びしますので、少々お待ちくださいませ。」
キマイラが水鏡の前から消えた。ひずめの音がかすかに聞こえてくる。
少し待っていると、水鏡の前にかつて会った女性がやってきた。
「あら父様、何のご用?」
「急に呼んですまないな。お前の方に送りたいものがある。」
「送りたいもの?」
シェリルは少し疑問に思ったらしく語尾を半音上げた。
藪から棒になんだろうと思っているのかもしれない。
「私がここにたっていると見えないな。ちょっとどこう。」
そういって、魔神が水鏡の前から体をずらした。
すると、当然魔神の後ろに居たプーレたちの姿が水鏡に映る。
プーレたちの姿を水鏡越しに見たシェリルの顔が、たちまち和んだ。
「あらあら、久しぶりね。元気にしてた?」
「うん、元気ダヨー!」
―ほんとにそうかな?そうでもないような……。
ややパササの発言には疑問を覚えたが、
ピンチは続いても体自体は確かに元気だ。間違ってはいない。
ただ、かなりの語弊があるだけだ。
「水鏡っておもしろいねぇ。さっきまでただの水だったのに。
これ、どうなってるのぉ?」
エルンが水鏡に手を入れても、水面と一緒に映像がゆれるだけであちらには何の変化も無い。
どういう仕掛けかは分からないが、たぶんこの辺りは水溜りの理屈だ。
水溜りに映る自分の顔と同じなのだろう。
「フフ、知りたかったら後で私が教えてあげるわ。
ところで父様、この子達は今すぐにこっちに送るつもりなの?」
「そうだな。今は私の力で瘴気を抑えているとはいえ、ここは闇の力が強すぎる。
地界の生き物の体には負担になりすぎるだろう。」
魔神はそういったが、プーレ達自身はパササの髪が紫になった事以外に及ぶ影響はぴんと来ない。
だが、彼がそういうのならそうなのだろう。
神様の言うことだし、くらいの気持ちで聞き流す。
知らないことの真偽はこの際どうでもよかった。帰れさえすればいいのだ。
“今すぐか……落ち着く暇もない気がするな。”
“そうね。けど、この子達のためだから仕方がないわ。”
六宝珠達は展開の速さが少々不満なようだが、口ぶりからすると承知はしているようだ。
「それじゃあ、どうやって帰るの?」
「簡単だ。今この水鏡はあちらと半分つながっている状態だから、
私がいいと言ったらこの中に飛び込めばいい。」
そう言って魔神が水鏡に手をかざすと、水鏡が一瞬七色に揺らめく。
彼は大抵の魔法なら一言も言葉を発さずに使えるため、実はもうこれで準備は完了した。
「これで準備はできた。もう飛び込んでいいぞ。」
「え、もうなの?早いなぁ〜……。」
「待ってるよりいいジャン!いっくヨ〜☆」
ジャボンという派手な音と水しぶきを上げて、パササが一足先に水鏡に飛び込んだ。
「あ、待ってよパササ!あ、魔神様、ありがとう!」
さっさと飛び込んでしまったパササに戸惑いながら、去る前にプーレは魔神に礼を言う。
それからプーレとエルンは、パササを追って次々に水鏡の中に飛び込んだ。
今度こそ地界に帰るために。



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もはやこれ以上に似合うタイトルはないだろうと、
すでに16話の後半書いている途中から思ってました。
銀の風を読んでいれば、シェリルの正体はもうとっくにつかんでいる方もいるでしょうが。
……その前にこれもあっちも読んでいる方がどのくらい居るか疑問ですけどね。
それにしてもこいつら、お菓子のことばっかりはっきり覚えてます。
思えば結構怪しむべき出会い方でしたが、彼ら的には餌をくれた人=いい人な模様。
ちなみに一応2ヶ月は免れましたが、ほんとにぎりぎりです。
きっと銀の風もこんな調子になります。最近遅筆がどんどん悪化しているような……ぐぎょー。